経理の仕事を奪う何か
会社を辞めて2ヶ月間の有給休暇中に自分の将来について考えを整理する時間があったので、私が今まで経理の仕事をしてきて「この仕事は無くなりそうだな」とか「この仕事はしばらく無くならなさそうだな」と考えた話を書きます。
内容は主に経理の仕事をしている人向けです。
この話を書いた経緯
最近、 AI (人工知能)ブームの高まりと共にコンピュータに奪われる仕事は何かという議論が活発に行われたり、様々な企業が積極的に研究開発に投資したりしています。その中で、経理担当者はだいたい「コンピュータに奪われる仕事」の上位にランクインし続けています。有名な例だと下記の論文があります。
The Future of Employment: How susceptible are jobs to computerisation?
私は AI もコンピュータの知識もありませんが、今まで経理の仕事をやってきた身として自分自身がそれらをどう捉えているか、さらに( AI に限らず)コンピュータに仕事を奪われないためにどうしていくかを元経理担当者の立場から自分用に整理しておきたいと考えてこの話を書きました。
自己紹介
私は確か1989年生まれの30歳で、8年くらい経理の仕事+1年くらい会計関連のシステムの Product Manager をやっていました。大企業の経理を経験したことはなく、主に小さなチームで経理を中心に広く浅く働くというキャリアを歩んできました。
2020年からは、ソフトウェアエンジニアに転職する予定です。未経験なのでレベル1です。死なない程度にがんばります。
奪われ続ける経理の仕事
「経理の仕事が奪われる」という話は最近に始まったことではなく、昭和の時代から30年以上に亘って様々な仕事がコンピュータに奪われてきました。私が生まれる前に親が経理の仕事をしていたのですが、その時代の話を伝え聞く限り今とは全く状況が異なります。
今ならどんな会計ソフトを使っても仕訳を入力したら貸借の整合性をチェックして自動で試算表に反映して Excel や CSV で出力するくらいのことはやってくれますが、30 ~ 40年前の会社では
- お金の動きを毎日「仕訳帳」という紙の帳簿に記入する
- 一定期間で仕訳を締め切り、その仕訳を勘定科目ごとに「総勘定元帳」に転記する
- 総勘定元帳から各勘定科目の残高を書き写して貸借対照表や損益計算書を作る
という手順で紙と鉛筆と算盤(電卓はあったらしい)を使った経理が行われていました。今では取引先への支払いもインターネットを通じてぽちぽち入力すれば口座に入金されますが、当時は小切手で支払うこともよくあったようです。給与もなんと毎月封筒に入れて現金で渡していたとのことでした(これは今でもあるかもしれません)。
その時代に比べると現代はとんでもなく効率化されていて、仕訳は入出金明細とか稟議決裁のシステムから自動で入力してくれるし支払いデータ作って総合振込すれば一度に多数の取引先に支払えるしで単純作業はどんどん減っています。言い換えれば仕事が機械に奪われています。
コンピュータが生まれたばかりの時代はおそらく人間が手で経理する方が安かったのでしょうが、機械の値段が下がったり優良なソフトウェアが生まれたりで人間の仕事はどんどん奪われています。
しかし、会社から経理の人が消えた訳ではありません。これには事業によって様々な背景がありそうです。
- 経理処理すべき取引の量や複雑さが増えた
- 対応すべき業務の範囲が広がった
- より幅広くもしくは深く仕事に取り組むことができるようになり、それによって付加価値を生み出せるようになった
経理の本質的な仕事
財務会計の主な仕事は下記に分けることができます。
- 事業上のイベント(商品の引渡や役務の提供など)を記録する
- 記録に会計的な意味を付与する(仕訳)
- 一定の期間で記録を集計する(財務諸表)
- 内容を要約して然るべき相手に報告する
これらの具体的な業務として、給与計算、資金管理、経費精算、決算処理や税務申告、開示資料の作成などの様々な業務が発生します。
コンピュータが仕事を奪う順序
上記の 1. ~ 4. の中で最初にコンピュータに奪われ始めた仕事は 3. でした。そして最近では 1. がどんどん奪われています。
入出金明細などから自動で仕訳を作る freee や MF クラウド会計などのソフトウェアが一般的になり、伝統的な弥生会計などの会計ソフトにも同様の機能が取り込まれました。
順序としては、抽象度の低い(具体的な作業が明確な)仕事から奪われていっているように見えます。今後は引き続き 1. や 3. の効率化が進みながら、 2. もコンピュータで行うような未来が近いうちに来ると思います。実際に、 freee や MF クラウド会計などでは過去の仕訳などから分類の規則を作って自動で仕訳を入力することが可能です。
ある事象を複式簿記という体系でどう処理すべきか、という話の大部分はその事象によって会計主体である会社と他の会計主体との債権債務関係がどう変動するか、と言い換えることができます。
そして、会計処理を構成する要素である資産とは、負債とは何かというような抽象的な定義は財務会計の概念フレームワーク(Conceptual Framework for Financial Reporting)のような形で整理されています。
人間が 2. でやっている仕事は具体的な事象を過去の事例との一貫性(これが freee や MF がやってくれるところ)や抽象的なフレームワーク、会計基準やその他の法令などを元に分類していくことで、そのためのデータを供給するのが 1. の仕事です。 2. の技術の発展は 1. の状況に強く依存しそうです。
直感的には現実の事象に仕訳を当てはめることは囲碁や将棋の名人に勝つより技術的には難しくないのではという印象を受けます。経理の仕事に関する次の大きな波はここなのではないでしょうか。
人間に残るのはより抽象度の高い仕事、例えばこういう付加価値を出すためにはこういう分類で仕訳するのがいいんじゃないかのようなデータ構造の設計、とか事業上の会計イベントの発生から財務諸表に到るまでのデータパイプラインの設計と運用とかになると思います。
[Something] is Eating the World
Why Software is Eating the World という Marc Andreessen の有名なエッセイがあります。有名すぎるので敢えて説明はしませんが、まだ読んだことがない方はぜひ読んでみてください。
私が最近これを読んで感じたことは、「ソフトウェアが世界を喰う」のは単なる既存プロセスのソフトウェアによる自動化ではなく、ソフトウェアによってビジネスの環境が大きく変わり、それに適合する会社だけが生き残ることができるということでした。これは IT 業界に限らず、あらゆる業界で日々進んでいる現実です。私はこのエッセイが発表された年に働き始めたのですが、タイトルだけ見てふーんと思って読んでませんでした。最近読んでもっと早く読めばよかったなと後悔しました。
実際に経理の従業員の給与を払っているのは会社なので、現在の具体的な業務ベースで「これは AI でも自動化できないだろう!」という主張は本質的ではなく、会社の事業全体がソフトウェアの侵食に伴う環境の変化にどう対応するか、その中で各個人がどのような能力を獲得するべきかという話が本質だと思います。
そして従業員個人としては、その変化にどうやったら追随できるかがキャリア選択の鍵となるはずです。ここが各人の工夫のしどころで、万人に通じる正解はありません。
私自身のキャリアへの Feedback
経理関連の仕事で給料を上げ、その給料をもらい続けるためには、成長する事業に従事するという前提で下記の選択肢があると思います。
- 会計税務の専門性を高める → 会計士や税理士
- 人間のマネジメントをする → 社内での出世
- 知識や経験を活かして隣接領域に進出する → 後述
私自身はマネジメントに向いておらず、会計税務の専門的な知識もありません。しかしながら、会計の仕事はそれなりに気に入ってるので中長期的に続けていきたいと考えています。
3 については経理の場合、ファイナンスや管理会計のキャリアを選ぶ人が多いイメージがあります。私は本記事で書いたようなコンピュータが仕事を奪う局面において、奪われる側より奪う側に立ちたかったのでソフトウェアエンジニアの仕事をやってみることにしました。
あとは単純にプログラミングちょっとやってみたら楽しかったという理由もあります。こっちの方が強いかもしれません。
結論
- (AI に限らず)人間の仕事は奪われ続ける
- 成長する業界、会社のビジネスプロセスに適合するのが重要
- その会社にとって会計の本質的役割が何かを自分の頭で考えて、その近くで仕事をしながらマネジメントや専門性、隣接領域で自分の付加価値を高めていくのが良い
私見: 経理とプログラミング
個人的な考えですが、経理の人は大なり小なり皆プログラミングの勉強をした方が良いと思います。理由は下記の通りです。
- 自動化に向く作業がたくさんあり、恩恵を受けやすい
- 日常的に Excel や Google スプレッドシートを使っており、自動化すべき作業の具体的なイメージが湧きやすい
- 自動化の過程でお金に関する業務フローやどこに何の正しいデータがあるかに精通でき、より付加価値の高い業務にステップアップできる
専業のソフトウェアエンジニアではなくても、 Excel VBA や Google Apps Script 、 Python 等のプログラムや Zapier のような No code のサービスを使ってちょっとした仕事を自動化してみると、ある仕事の自動化の向き不向きや効率的な進め方が分かってくるので、何らかのシステムを導入したり職場の業務改善を行うときにより効果的な行動や意思決定ができるようになります。
一方で、何でもかんでも自動化しようとしても結果的にうまく行かないこともあります。業務の自動化をする際に注意すべきこととして、下記の注意点が挙げられます。
- 自分が責任を取れる範囲で自動化を進める(小さく始める)
- 自動化の内容や背景を記録に残して誰かに見てもらう
上記の2点を守っておけば、大事故に繋がることはほぼ無いし、失敗したときに反省して次に繋げることができます。事故を減らすため、できれば下記の2つもやっておきたいところです。
- 監視やバックアップ等で不始末をリカバリーできる体制を作ること
- 学習をサポートしてくれるプロのソフトウェアエンジニアを見つける
これらが大変なこともあるので、まずは事故っても困らないようなところから始めるのがおすすめです。
私が実際にやった例としては、 Python と AWS Lambda + CloudWatch Events を使って定期的に社内の稟議システムの承認状況を要約して経理の Slack チャンネルに投稿するようなプログラムとか、 Google Apps Script を使ってスプレッドシートで管理している特定の証券コードの会社の適時開示を取得して Slack に投稿するプログラムを書いて運用していたことがあります。このようなすぐ着手できて「事故っても困らないが、あるとそこそこ便利」という絶妙なラインの自動化をコツコツやって経験を積んでいくのがいいと思います。
何となくプログラミングについて想像することと自分の手と頭を動かして実践してみることの間には天地の差があるので、この記事を見ている経理の人がいたらぜひ挑戦してブログか何かでアウトプットしてください。