Fastly の財務諸表を読んだ話

Ryohei Tsuda
10 min readJan 3, 2020

昨年5月に NYSE へ上場した FastlyForm S-1 の財務諸表を読んだ話を書く。前から少し気になっていた会社で、年末年始で少し時間があったので読んでみた。

Fastly とは

Fastly は世界中で使える「Edge Cloud Platform」で、少し強い CDN (Contents Delivery Network)のようなもの。

現代の Web 上での体験はどんどん豪華になっていて、配信するコンテンツの容量も次第に大きくなってきている。その中でよりクライアントに近いコンピュータ(Edge Server)にコンテンツを一時的に保存(Cache)しておいて、そこからクライアントにコンテンツを返すことで高速に配信したり中央のサーバへの負荷を減らしたりできる。DDoS 攻撃の緩衝材になったりもする。

CDN そのものは以前からあるビジネス(例えば競合には Akamai, Cloudflare, AWS CloudFront などが挙げられる)だが、 Fastly はプログラマブルで開発者によるカスタマイズの余地が大きく、更に他の CDN には無い機能を備えている。例えば Edge Server にキャッシュしたコンテンツを高速(150ms)でクリアする Instant Purge などが主要な特徴として挙げられる。 Fastly が日経新聞や New York Times 等の大きなメディアで使われているのは、こういった特徴が理由としてありそうだ。速報などで記事のキャッシュをすぐ差し替えたくなるケースは多いかもしれない。他にも有名所だと Spotify や AirBnB 、 GitHub でも使われている。

ただコンテンツを Edge Server にキャッシュするだけではないので、 Fastly は自分たちのことを「Contents Delivery Network」ではなく「Edge Cloud Platform」と呼んでいる。

貸借対照表 BS

F-2: CONSOLIDATED BALANCE SHEETS より。

資産の半分は現預金、売掛金と市場性のある有価証券(満期3ヶ月以上1年未満)で、残りの約半分は固定資産。

現預金と有価証券から得られる利息収入は2017年12月期で443千ドル、2018年12月期で939千ドル。有価証券の約7割は社債や Commercial Paper 、残りは US の国債や Asset-Backed securities で、株式は無い。 Fastly はネットワーク機器の調達を様々な手段で行っていて、リースで取得する場合もあるし金融機関から資金調達する場合もある。コベナンツに引っかからない程度の現金と運転資金を残して、あとは市場性のある有価証券で持つことにしているのかもしれない。こういう会社は結構ありそう。

固定資産の約8割は Computer and networking equipment で、 Fastly が世界中に配置している POPs (points of presence)の資産が含まれている…なお、オフィスやデータセンターの不動産は所有しておらずリースしているとのことで、固定資産の大部分は開発に利用するコンピュータやネットワーク機器かもしれない。

負債の大部分は借入で、4 ~ 5%程度の金利で約 53 百万ドル(期末残高)を借りている。BS としては非常に単純で、 Credit Facility や Equity でお金を調達してきて固定資産に投資している。

BS を見てから PL/CF を見ると事業の構造が何となく分かるのでおすすめ(BS はざっくりいうと PL と CF を積み重ねたものなので)。例えば Amazon と楽天は顧客から見ると似たようなビジネスだが、BS と PL と CF を見ると全く異なる事業戦略を取っている会社であることが分かる。

損益計算書 PL

F-3: CONSOLIDATED STATEMENTS OF OPERATIONS AND COMPREHENSIVE LOSS より。

売上は2017年12月期で約1億ドル、2018年12月期で約1.5億ドル。売上の約8割は US 国内から生じている。

FY2018で顧客の46%が米国外に本社を置いているとのことで、つまり米国内の顧客は54%しかいない。売上では8割近くを米国が占めているので、その分だけ米国内の顧客はサービスの利用単価が高いということだ。

ちなみに米国外のフルタイム従業員は人数ベースで約16%で、これは売上の割合に近い。 Fastly は米国以外にも London と東京にオフィスがあるらしく、これから採用が増えて行きそう。

売上原価には下記の項目が含まれる。

  • ネットワークプロバイダに帯域幅に応じて支払う利用料
  • third-party のデータセンターに支払う利用料
  • ネットワークの運用や構築、サポートの従業員給与
  • ネットワーク機器の減価償却費
  • 内部で利用するソフトウェア開発費の減価償却費

販管費で約半分を占めるのは Sales and Marketing で、新規顧客の獲得や既存顧客の利用拡大を推進する営業チームの人件費¹やマーケティング費用が含まれている。営業チームは2018年12月末で56人で、これは全従業員(449人)の12%にあたる。

販管費のもう半分は Research and development と General and administrative。

Research and development は同社の Edge Cloud Platform の設計、開発、信頼性担保に従事している人件費が多いようで、2018年12月末時点で150人(全体の約33%)が在籍しているとのこと(P110)。

たまに米国の会社の Research and Development の金額を見て「米国の会社は研究開発にこれだけ投資している!それに比べて我が国は…」みたいなことをおっしゃっている方を見かけるが、私の考えではソフトウェアを開発する企業はどこの国でも開示する項目は違えど大抵は人件費に投資しているので中身はそんなに変わらないんじゃないかと思っている。ソフトウェア産業の収益基盤や調達できる資金の規模には大きな違いがありそうだが…

General and administrative は主に Accounting、Finance、Legal、Human Resource、Administrative Support の従業員や役員の人件費。

最近 Google Sheet にも滝チャートが追加されました

収益認識 Revenue Recognition

Fastly の売上は主に自身が提供する Edge Cloud Platform の利用料やサポート料で、会社やパートナー(再販業者)によって個別に会社向けに販売される。

特定の顧客向けの Private POPs を作る場合、ハードウェアだけでなくコンテンツの配信や技術サポートなども含めた包括的な取り決めを結んでおり、それらは(他の全ての収益認識基準が満たされている場合)オペレーティング・リースとして契約期間に亘って均等に収益を認識している。

キャッシュフロー計算書 CF

F-6: CONSOLIDATED STATEMENTS OF CASH FLOWS より。

純損失は$30M以上あるが、$10M程度の減価償却費があるので営業 CF は▲$20–25M 程度。投資 CF のマイナスの多くは Marketable Securities の売却と取得の差額で、残りは固定資産(コンピュータやネットワーク機器)の取得。

財務 CF は借入や増資²で、営業や投資に伴うマイナス分を外部からの資金調達で補っており、その結果として毎年現預金は増加している。コンピュータやネットワーク機器など大規模な投資が必要なビジネスなので、しばらくはこの形が続くのではないか。

Fastly は IPO で underwriting discount³ を除いて $192M もの資金を調達しているが、去年9月末までの Form 10-Q を見るととりあえず Marketable Securities を買っているだけっぽい(固定資産への投資額が大きくペースアップした訳ではない)。投資はこれから増えていくのかも。

ちなみに規模感で言うと Akamai は資産の金額で Fastly の20倍くらいで、まだまだ圧倒的な差がある。2019年9月時点で総資産額は Akamai が $6,357M で、 Fastly が $327M 。

おまけ: 売上のコホート

Form S-1 の65ページで Fastly の売上を顧客獲得年ごとに見ると、順調に売上が積み上がっていることが分かる。 CY 2016(CY は Calender Year)以降は売上の傾きが直線的になっているように見える。これから先に期待。

最後に

私はあまり米国の開示に詳しくないので、ここ見たらこういう有益な情報も書いてあるよ的なのがあったら教えていただけると嬉しいです。

¹ 役員や従業員の人件費(personnel cost)には給与だけでなく福利厚生、賞与、株式報酬などを含む。^

² Fastly は2017年12月期に Series E で $50M 、2018年12月期に Series F で $40M を調達した。Series E の1株あたり価格は約 $3.78 で Series F のそれは $5.11 だが、2019年5月の上場時初値は $21.50 なので株主は短期間で大金を稼いだことになる(なお、調達時は優先株で Offering 時は普通株)。^

³ IPO のとき、引受証券会社は上場する会社との間でその管理体制を審査したり、証券取引所への推薦状を書いたり、株主となる個人投資家を見つけてくる代わりに会社の株を安く買う契約を結ぶ。これを discount (または commission)と呼ぶ。証券会社は投資家への売却価格と discount 後の取得価格の差額で収益を上げている。 discount の割合は会社によって異なり 10% ~ 20% が多いと言われていた気がする。最近東証マザーズに上場したフリー株式会社だと引受人による買取引受による国内売出が86億円だったので10 ~ 15億円くらいだろうか?^

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